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「プログラミングは人生を賭ける価値がある」Supership CTO に聞く起業とキャリア論

作成: 2019.02.20 更新: 2019.11.20

ぼんやりとプログラミングを学んでみたいとは思う。けれど、本当にお金や時間を費やしてまで学ぶとなると「そこまでして、プログラミングを学ぶ理由ってなんだろう」とためらいも感じる。そうしてプログラミングを学ばないまま、時間だけが過ぎていく……。

上のようなサイクルに陥って、プログラミング学習に対して一歩を踏み出せずにいませんか?

Supership CTOの山崎大輔さんはプログラミングを学ぶことは「人生を賭ける価値があること」と語ります。

山崎さんの半生は、まさに困難の連続。山崎さんはどんな困難に直面しても「技術力」を武器に、人生を切り開いてきました。

新卒で半導体メーカーに就職するも20年安泰と呼ばれた半導体事業が、入社3ヶ月で破綻。ヤフーに転職するも、Google AdSenseを調べれば調べるほど「危機感」が募り、退職。退職後は企業に属さず個人事業主として、広告システムをゼロから開発。

2006年に立ち上げたスケールアウト株式会社は、山崎さんがヤフーを退職してから作った広告システムが元になって生まれた会社。スケールアウトは2013年にKDDIの子会社「mediba」の子会社に。2015年はnanapi、ビットセラーと合併して「Supership株式会社」が生まれました。

現在はSupershipのCTOを務める山崎さんに、「プログラミングを学ぶ価値」やエンジニアとしてのキャリアについて話を聞いてきました。

プロフィール山崎 大輔
やまざき だいすけ
ヤフー株式会社を経て広告配信システムを提供する株式会社スケールアウトを起ち上げ独立。CEOとしてDSP/SSP開発を行う。その後、2015年株式会社スケールアウトが吸収合併によりSupership株式会社へ。取締役CTOに就任し現在に至る。月間数千億アクセス規模のシステム構築を担うほか、社内インフラの開発・構築も推進する。

20年安泰のはずの半導体会社がいきなりの大リストラ、リストラ後の状況を見て感じた絶望

—– 異業種からエンジニアにキャリアチェンジし、起業。そしてバイアウトした経験を持つ方は、とても珍しいと思います。TECH::EXPERTの受講生は未経験・異業種からエンジニアへのキャリアチェンジを目指す人が多いので、ぜひ前々から話を聞きたいと思っていました。

ありがとうございます。キャリアチェンジと言ってもかなり前の話なのですが、どなたかの参考になれば嬉しいですね。

—– そもそも山崎さんが半導体メーカーから、ヤフーへとキャリアチェンジした経緯は何でしたか?

もう20年ほど前の話になりますが、もともとコンピュータ系の大学に行っていました。当時のコンピュータ系の大学の卒業後の進路は、メーカーが王道でした。

僕が学生の頃、先輩がある世界的半導体メーカーに就職したんです。もっとも半導体メーカーとはいえ、日本支社には営業機能しかなかったそうです。先輩には「山崎、半導体メーカーは楽勝だ」と言われました。先輩以上に、コンピュータに詳しい人が会社の中にいなかったんですね。要は「山崎、お前もこの会社に入れ」と言われたんです(笑)

僕自身は、その先輩とは別の半導体メーカーに就職しました。その会社も世界的大企業で、特に基礎特許に強みを持っていました。その特許がとてもハイレベルなもので、今後20年は地位が安泰だと言われていたほどです。社員に対するありとあらゆるサポートも、入社前から約束されていて。正直、入社が決まった時は「人生に勝った」と思いました。

ところが、入社しばらくして社内で大リストラが起きたんです(笑)

—– えええ(笑)入社前は20年安泰だと言われていたのに、たった3ヶ月で半導体不況になったのですね。

いま思い返しても、衝撃的なことでした。僕の入社先は全世界で3万人いたんですけど、3分の1がリストラ対象になりました。具体的には、メモリ部門が全面的なリストラ対象に選ばれて。儲かってなかったんですよね。

その時、僕はギリギリでリストラを免れました。入社から日が浅すぎて、そもそも配属すら決まっていない時期だったのが不幸中の幸いだったんです。僕の一個上の先輩で、メモリ部門にいた人はリストラされていました。

—– 3分の1がリストラされるのは、壮絶な状況ですね……。

その時は「さあ、これから忙しくなるぞ」と思いました。それだけ大幅な人員整理が行われたのだから、残った人間は当然ハードに働くべきですよね。

ところが、暇だったんです(笑)。あまりに暇すぎました。「この先20年こうなのか」と思ったら怖くなりました。

そこで転職活動を始め、入社が決まったのがヤフーでした。

メーカーからヤフーに転職。広告システムを作り始めて感じた「Googleの凄さ」

—– 当時はIT業界の勃興期ですよね。コンピュータ系の大学を卒業したとはいえ、転職先にIT業界を選ぶのは勇気が必要な決断だったとも思います。「これからIT業界が盛り上がるぞ」という予感があったのでしょうか。

高校3年生の時に読んだ雑誌に「今後10年でエンジニアが10万人不足し、この人員が補填されなかったら日本の高度情報社会は破綻する」と書いてあって。「これはチャンスだ」と思ったのを、覚えています。

親にはパソコンを買ってもらえなかったので「コンピュータに触れる大学に行こう」と決め、大学に進みました。そういう経緯があったので、ヤフーへの転職にもためらいは無かったです。

—– 山崎さんはヤフーでキャリアを積み続けることを選ばず、2006年に起業。株式会社スケールアウトを立ち上げます。起業のきっかけは何だったのでしょう。

当時、僕はヤフーで「ページに合わせて広告を作る仕組み」を作り始めていました。Google AdSense(グーグル アドセンス)がとても話題になっていた時期だったんです。

広告配信システムを作るにあたって、まずはアドセンスの裏側を調べることから始めました。

すると、調べれば調べるほどアドセンスの凄さに気づくわけです。ページに合わせた広告を出すには、すべてのウェブページの情報を持っていないといけないですよね。本当にヤフーでアドセンスを作るなら、まずは世界中のウェブページを収集するところから始めなくてはいけないと気づきました。対象を日本語のウェブサイトだけに絞ったとしても、気が遠くなるような作業です。

日本のヤフーは、アメリカの本家ヤフーのシステムを日本に持ってくることで成功を収めた企業です。こういう経営方式は「タイムマシン経営」と呼ばれます。ですがアドセンスに関しては、アメリカのヤフーにもノウハウが無い状態でした。この時、僕はより危機感を強くしました。「このままではグーグルに敵わない」と。

何とか頑張って10年戦えたとしても、20年は戦えないと思いました。そこで僕は、自身のスキルをもっと伸ばす経験を積むためにも退職を決意しました。

最初はアドセンスのような仕組みを作れる技術力を身につけたら、ヤフーに戻るつもりでもありました。あくまでアドテクの技術を磨くのが退職の目的で、起業はあまり考えてなかったんですよ。当座をしのげるお金も確保していたので、お金に関する心配も特に無かったです。

退職後に作った広告システムで案件受注。スケールアウト株式会社の誕生

半年ほどこもって、ひたすら広告配信システムのプログラムを書きました。そうして出来上がった広告システムが、ScaleOut Ad Platformの原型です。

広告システムを作ることで、自分の技術者としての実力がわかりました。広告システムを作った結果、とりあえず営業をかければ仕事がもらえるだろうとメドがついて。完成したシステムを元に企業に売り込みをかけ、受注が決まりました。そうして、事業を立ち上げた形です。

ヤフーにいた頃は「ヤフー」という下駄を履かせてもらっていたので、自分の技術者としての実力がわからなかったです。だから、この時期の経験は本当に大きなものでした。

—– 広告システムをゼロから作ることに成功したわけですね。

アドセンスはゼロからつくられたシステムですが、僕はオープンソースの力をたくさん借りましたからね。先人たちの技術の蓄積を、僕は使えたわけです。ゼロから作るのとはわけが違います。

メディアサイトって20年前に作るのは大変でしたが、いまは簡単にできますよね。それと同じです。厳密にアドセンスと、僕が作ったシステムは比較できないです。

売上がない状態で作り続けた広告システム。モチベーションは「絶対に使ってくれる人がいるはずだ」という信念

—– プログラミング言語は、何を使いましたか?

広告システムはCで、アプリケーション部分はRuby on Railsです。広告システムは処理速度が重要なので、Cじゃないと当時はダメだったんです。

いま、同じようなシステムを作るならC++、Rust、Goがいいと思います。

—– 当時からRuby on Railsを使っていたんですね。

Railsが流行る直前でした。Railsコミュニティが小さいながらに当時から存在していて、有志のチャットがありました。そのチャットがなかったら、思うように開発が進まなかったでしょうね。コミュニティは本当に大切です。

—– 作る時に大変だったことは?

孤独でした(笑)。家にも帰らず、ずっとこもってコードを書いていたのですが、毎日寂しすぎて。

—–  開発期間は完全に売上がない状態ですよね。開発の最大のモチベーションは、何だったのでしょう。

どんどんキューっと預金残高がなくなっていくのは、精神的にも辛かったですね。

最大のモチベーションは「自分の実力を試したかった」ことに尽きます。

スケールアウトの起業直前の時期は、SNSの勃興期でした。僕が広告システムを作っていることを聞きつけたSNS運営企業の経営者から、声をかけられることもありました。広告は、立ち上げ当初の儲かっていないサービスの売り上げを支える生命線なんですよね。稼ぎ頭なんですよ。

システムを完成させることができれば、絶対に採用してくれる企業がある。そのことを確信できたのは、自信にもなりました。

起業するなら「逃げ道」が大事。アドテク第一人者が語る「小さく産んで、少しずつ育てる」経営

—– 「起業したいけど、失敗が怖い」方も多いですよね。リスクを負って飛び込む時、山崎さんはどのような心構えをしていますか?

逃げ道を常に用意することを意識しています。先にも述べたように、ヤフーを退職して広告システムの開発を始めた時も、当面はお金に困らないように預金を用意してました。

エンジニアなので「自分一人のお金はいつでも稼げるだろう」という見込みがあったことも安心材料でした。最悪、開発に失敗したとしても「どこかに就職できるだろう」と思っていました。無給で開発を行うのはダメージも大きかったですが、そのまま頑張り続けることができました。

一方で、ギブアップの条件を明確にしておくことも大事です。当時、僕は既に結婚していたのですが、妻に常に相談していました。妻には「毎月家に入れているお金を、そのまま入れ続けることができるなら開発を続けてOK。家にお金を入れられないならギブアップしてくれ」と言われてました。

—– スケールアウトを経営する中で、常に意識していたのはどんなことでしょうか。

「穏やかに経営すること」です。

スケールアウトは最初期から受注が決まったので、黒字で事業が始まりました。最初は資金調達もしていなかったくらいです。だから、いわゆるスタートアップ的なイケイケな感じはなく、社内の雰囲気は常に穏やかでした。

僕は「Eric Sink on the Business of Software 革新的ソフトウェア企業の作り方」という本が大好きです。この本のテーマは、要約すると「少ない人数で、クライアントに使ってもらうためのアプリケーションを小さく作り、少しずつ育てる。そして時が来たら、大きく育てる」ということです。

本書にある小さなISV(Independent Software Vendor)という考え方は安全に起業したい人にとって、とても大切な考え方だと思います

—– とても堅実なやり方ですね。一方でIT業界にはビジョンや先端テクノロジーを最重要視し、多額の投資を一気に行う企業も最近多いです。

もちろん、そういった方法も1つの経営手法です。そうしたやり方で、大きな成果を残す企業もあります。

ですが「穏やかなやり方もある」というのを知っておいてほしいです。

想像してみて欲しいのですが、ビジネス的なハイプレッシャーを直接浴びながら、失敗の許されないコードを書くというのは超人でもない限り、非常に難しいです。実際プレッシャーに負けて、練られてないアプリケーションを拙速に出したがゆえにビジネスが途中で失速してしまうケースも多いです。

時が来たら勝負に出ることも大事ですが、あくまで基本的には「小さく作り、少しずつ育てる」方が、組織はうまく回ると思います。

スケールアウト株式会社をバイアウト。買収、子会社化の裏側

—– 2013年、スケールアウトはKDDIの子会社「mediba」の子会社となります。そして2015年にスケールアウトはnanapi、ビットセラーと合併し、新会社「Supership」となりました。異なる企業が1つの会社になるのは、簡単なことではないイメージがあります。カルチャーのぶつかり合いはありませんでしたか?

合併にあたってnanapi、ビットセラー、スケールアウトは当初はそれぞれ事業部を分けました。この三社が、無意味にごちゃまぜになることだけは避けましたね。

合併では「混ぜること」も大事ですが、ゆっくり混ぜるのがよいと思っています。合併しても、それぞれの社員があまりバラバラにならないように配慮しました。

—– 現在、山崎さんはSupershipのCTOに就いています。いまはマネジメントがメインの業務ですか?

そうです。ここ5年ほどコードをあまり書いていないので、そろそろ書きたいですけどね。

—– CTOにはエンジニアとしての開発スキルと、マネジメントスキル。両方が大事です。この両方を持ち合わせた人材になるため、一番大事なことは何でしょう?

漫然と与えられた仕事をこなすんじゃなくて、目的意識を持つのが大事です。たいていの人は「自分のキャリア」を考えます。ですが、自分のキャリアってあくまで「自分一人の話」です。会社全体を見る目線があると、考えることが大きく変わります。

自分一人が実力をつけて、キャリアを伸ばしたところで「会社が負けそうな時に、会社を救えない」のでは意味が無いです。実力はあるけれど「自分のキャリアしか考えない」人物は、会社が傾きそうになったら「他の会社に転職すればいいや」という発想になりがちです。それでは部下は困りますよね?

自分のことも大事ですが、それ以上に「全体を引き上げる」ことを意識するのがマネジメントの視点です。

—– エンジニアは「技術には興味があるけれど、ビジネスには興味が無い」というタイプの人も少なくありません。山崎さんは、キャリアのどの時点から「全体を引き上げる視点」を意識するようになりましたか?

特にヤフーをやめた後からですね。

スケールアウトの立ち上げから数年、ソーシャルゲームが大きな盛り上がりを見せるようになりました。大手ソーシャルゲーム企業の人と話をする機会も、この時期は少なくなかったです。

ソーシャルゲームのアプリのPV数は、凄まじい数値です。ソーシャルゲームのPV数は1タップ=1PVとしてカウントされるのですが、当時の大手ポータルを上回るPV数を獲得していました。

プロダクトをゼロから作り上げ、圧倒的なPV数を獲得するに至ったソーシャルゲーム企業のエンジニアの底力は本当にすごいと思いました。ポータルサイトやアドテク分野とは、求められるスキルも長所も違うので一概に比較はできないですけどね。

でも、こうした時代の変遷を受けて「全体を引き上げるにはどうすればいいか」と深く考えるようになったのは事実です。

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本気でプログラミングをやる時間には、自分の人生を賭ける価値がある。スキルゼロからのスタートでも一生が変わる

—– 20代の若手が長くエンジニアとして活躍し続けるために、プログラミング以外に身につけるべきスキルは何だと思いますか?

質問と反するかもしれないですが、エンジニアはやっぱりプログラミングですよ。年齢を重ねても、できるだけプログラムを書き続けたほうがいいと思ってます。マネジメントもやったほうがいいとは思いますが、それ以上にプログラムを書くことは重要だと思います

自身の経験からもエンジニアがマネジメントに回ると、途中で行き詰まることが多いと感じています。エンジニアの本分は、やはりプログラミングだと強く思いますね。

—– 山崎さんが信頼するエンジニアは、どんなエンジニアでしょうか?

アウトプットが安定している人です。例えばパフォーマンスを30出人なら、僕は常に「30のパフォーマンス」を出し続けてほしいと考えます

時には100のパフォーマンスを出すけど、時には10という人はあんまり信頼できないですね……。もちろん人間ですからパフォーマンスに波があるのは仕方ないことですが、波があるなら波があるなりに安定させてほしいです。例えば、KPIに対して出遅れてしまったなら、月単位でカバーするというように。

モチベーションでパフォーマンスが上下して、出遅れをカバーすることもできないというのはプロとして失格です。

「言ったことは守る」のは当たり前のことです。エンジニアである以上、期日までにアウトプットを間に合わせるのは当然のことです。それが守られないと、マネジメントは破綻します。

—– 最後に、未経験からのエンジニア転職を目指す方にアドバイスをお願いします。

たとえ今の段階ででスキルがゼロでも、いまから本気で学べば、その後の人生買うことができます。2年から3年、死ぬ気でやれば一気にトップグループに入れるのがこの世界の魅力です。

極端な話で言うと1年でもかまいません。僕自身、本気でプログラミングと向き合ったのはヤフーを辞めてからの1年でした。その1年で作った広告配信システムが、僕の人生を変えてくれました。

本気でプログラミングをやる時間って、本当に自分の人生を賭ける価値があります。

特にヤフー時代、僕はスキルゼロから本気で勉強して、一気に本部長クラスへと上り詰めていった人を目にしました。その人は最初は「やる気採用」だったんです。やる気だけはあるけど、スキルがなくてどうにもならないという状態からのスタートで。一番初めの仕事はサーバーが納品された後、マシンが入っていたダンボールを畳むことだったんですよ(笑)

その人は3年間、ひたすら勉強をし続けて、3年目に花開いたんです。その3年って、後から振り返ればかけがえのない時間ですよね。みなさんにとって、本気でプログラミングを学ぶ時間は「かけがえのない、人生を賭ける価値がある時間」になると思います。

—– 山崎さん、貴重なお話をありがとうございました!

TECH::NOTE編集長の取材後記

IT会社を起業してバイアウト。そのフレーズから私自身「夢に生きる、前のめりで熱い人」という印象を取材前は持っていました。

しかし、実際にお会いしてお話をうかがうとその印象はすぐに変わりました。非常に現実的で、堅実で、冷静な判断を常に行ってきた方なのだなと。イケイケドンドンだけではなく、堅実なやり方で起業をし、前進させる良い一例を聞かせていただけました。起業=リスク、と考えて前に進めない方にはとても刺激あるインタビューだったのではないでしょうか。

それにしても、一時期思い切り頑張ればその後の人生が高確率で変わる…そういうものって今プログラミング以上のものはないかもしれないですね。

TECH::NOTEでもプログラミングで人生を変えた方々のインタビューがたくさんあるのでそちらもどうぞ!

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この記事を書いた人

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音楽ライターとしてエイベックス、ビクター、トイズファクトリー等に所属するアーティストの取材を担当。2016年に開催された『Bjork Digital』の取材経験から、VR×音楽に関心を抱く。2017年よりテクノロジーに関するライティングを開始し、TECH::NOTEにジョイン。猫とウサギを飼っています。